日本発のソフトが少ないのは日本人が英語が苦手だから
タイトルだけ見て一理あると思うも。

一方のソフトは、少々未完成なものでも市場に出し、短期間の間に改良を加えていかなければ競合他社に遅れを取る。
「短い開発サイクル」「低い完成度」という組み合わせの産業だ。
緻密で職人芸を好む日本人の美学には、自動車の方が適しているといえる。

否。
このような限られた状況でなお力量を発揮するのは職人魂であり、日本人の美学にそむく事など無い。
そういう意味では適しているかどうかの答えは等価である。
だいたい、ソフトウェアにしても「短い開発サイクル」「高い完成度」を実現することは技術者には既に出来ている事なのだ。
これを潰す要因となっているのは技術者を使うものの無知である。


例えば、カタチが出来、一応走るようになった自動車をそのまま製品として出荷したらどうなるだろうか?
今の自動車業界となりえただろうか?
多少の安全性、耐久性、操作性を犠牲にして、ケンチャナヨ精神でコトに当たっていたとしたら今の位置にたどり着けただろうか?


カタチを作った技術者たちは解るのだ。
それが実運用された時にどうなるかを。
だからテストする。検証する。改善する。
開発サイクルの時間の長さが難点なのではない。短い事が問題なのでもない。
やらないことが根本的な問題なのだ。


クルマは目に見えるからそれをやった。やれた。
けれども、ソフトウェアはやらないから地に落ちているのだ。


ソフトウェア業界を伸ばせないのは経営者層や運営する者たちに無知が多いから。
コミュニケーション以前の問題点ではあるまいか。


また。
日本のソフトウェアはなぜだめなのか

通産省IPA(情報処理振興協会)を設立し、電機メーカーを糾合してIBM互換(大型)機をつくらせ、
「国産ソフトウェア」を開発する官民プロジェクトに多額の補助金を投入し、すべて失敗した。

機関を設立するのはいい、けど運用する能力までは伴っていないっちゅーこってすな。
技術者の成し遂げた偉大な成果もわからなければ何も無いのと同じこと。
自分たちにわかることしか理解したがらない体質を改善しなきゃなんにもならない。

だから問題は英語教育ではなく、日本人のもっている創造性を下請け・孫請け型の「ITゼネコン構造」に埋没させないで、自由に発揮させることだ。

ものすんごく同意。


ソフトウェア職人気質―人を育て、システム開発を成功へと導くための重要キーワード (Professional Computing Series)
ソフトウェア職人気質―人を育て、システム開発を成功へと導くための重要キーワード (Professional Computing Series)
この本で出てくる「職人気質」や「徒弟制度」の話は、
日本の社会にもともと存在していた形態であり、
珍しくもなんともない話なハズ。
この本ではソフトウェア業界でもそれは有効なんだよってのを述べてある。


クルマで出来たことをソフトウェアで出来ないはずは無い。
これはみんなが思えること。
しかして、それをやるためには
「とりあえず動く。さてこれからどんな整備を行おうか。」
という作業工程に心を配れるかどうかにかかってくるだろう。


これもまた、コミュニケーション以前の問題点ではあるまいか。