僕らの仕事は1にも2にも確認が大事である。
認識のズレから起こるすれ違いは後々修正コストが嵩むから、
少ないコストで済むように動く事が仕事の完了に繋がるのはいまさらいうこともない。


のだが。


だがしかし。


世の中にはミョーなプライドを持って仕事の完了に向かわない事をするやつがいる。



ボクが投げかけた質問っていうか確認あれこれ。
( ´∀`)<ここの仕様はこれこれこういうことですか?
( ´∀`)<この場合はこうなるのは了解しました。あの場合はどうなるのが正解でしょう?
( ´∀`)<もしこんなケースがあって、そのままオペレーションする際には
      あんなことやこんなことをケアしておく必要ありそうですけど〜どうなんでしょ?
などなど。


細かい話を認識のズレをなくすために確認していくのだが、
かつてこんなことを言われた
(..゚Д゚)<君といまさら設計について議論する気はない
    君が心配する内容はすでに上で考えられている。
    ゆえにうまくいくように出来ている。



言葉だけを見ればこの手の台詞はいつも「出来る人」が言いそうな感じもする。
でもボクは当たり前を当たり前として運用事例を踏まえて確認したいだけなんですけど。



こんな言葉を吐けるやつらが作った思想、ストーリーにはほとんどの場合に穴がある。
ってのを僕らは経験上理解できる、


なぜか?
当然来るべき質問、確認事項を想定していない、出来ていない人種だから。
想定していないから面倒くさい事言われている気になるもので、
当たり前に確認すること事態の意味する所を理解してないからこそ、
目の前の面倒くささを拒否したい言葉が出るのです。


当たり前を想定していれば、
当たり前を当たり前として確認してこないやつがどうして仕様を理解したなんて思えるのだろう
ってなチェックが出来るのだから、チェックを拒否する行動が意味するところがどんなことか〜なんて想像に難くないのにね。


確認を面倒くさがる言葉って安易につかっちゃーお里が知れるってこった。
ゆえに自分じゃ使わない。
正確には前向きなおちょくり以外は使わないw

[余談]上記事例のその後

その時も実際にあった内容。
データやオペレーションは確かにうまいこと回る。
しかし、データベースレイアウトの設計思想がシステム全体の思想を踏襲していないため、
ミョーなことになっていた。
当然思想統一のためにDB修正がはいることとなる。あわせてドキュメントも修正。
こーゆーのはレビューで判明すること。*1
やっぱり何かあったってこった。

*1:しかして設計書という名のドキュメントレビューをきっちりやるところは少ない。